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第25回:本を貸す
 中目黒に引っ越した。ほんの2週間ほど前だからまだつい最近のことで、それで先週末、友達を集めてささやかな引越しパーティを催したのだけれど、それで「この本借りてもいい?」という友達がいたので、いっそ図書館風にしてしまえとその場で思いつき、貸出ノートをつくって記録していってもらうことにしたら、結局数名による十冊近い貸出を数えた。みんなそれぞれ、意外なものを借りていったりするので、結構おもしろい。

 ぼくの思いつきがそうだったように、本を貸すといえば今はもっぱら図書館のイメージだ。だが、かつて(リアルタイムにその時代を生きていないぼくが言わずとも、ふつうに経験していた読者の方もいらっしゃるだろうからまさに釈迦に説法だけれど)貸本屋全盛の時代というのがあった。雑誌がまだ月刊誌中心で単行本の価格も生活水準に比べて高価で、図書館が今ほど普及していなかった、戦後すぐくらいの話である。まだ著作物のレンタルに関する法律も明確でなかった時代に普及していたから、後にレンタルビデオやレンタルCDが日常のものとなり法的に整備された際にも、貸本は既に衰退産業であまり業界へのインパクトも強くなかったため、例外的な扱いを受けていた。

 しかし今になって、貸本2.0ともいうべき流れが静かに起こっている。法律が整備され2007年2月から書籍についてもレンタル使用料をサービス提供者から徴収し、著作権者へ還付する制度が始まったのである。そしてこの4月にさっそく参入したのがブックオフ傘下の株式会社ブックチャンスが運営する「コミかる」(※1)。宅配レンタルDVD同様のシステムで、月会費980円、一冊126円で15~20冊ずつレンタルできる仕組みだ。サイトを見てみるとシリーズもののマンガなどがセットになって価格がついている。確かに長編の漫画をよく友達からまとめて借りたり、漫画喫茶で一晩かけて読破したりする人にとって、これはなかなか便利なサービスだ。また同業界には、レンタル最大手のTSUTAYAも参入すると見られている。

 またDVD同様ということでいうと、「電子貸本Renta!」(※2)も注目のサービスだ。最近コンビニ等で販売されている、いわゆる「時限DVD」のように、24時間100円という時限付きで電子コミックを提供している。紙の本のような値段で電子書籍を買う文化がなかなか根付かない中、時限付きでそれより安く提供するというサービスには、とても将来性があるように思う。厳密にいうとまったく「貸す」という行為ではないが、その感じを表現するのに「電子貸本」という言葉をチョイスしているあたり、一回りして戻ってきた新たな「貸本」時代の流れを感じるのはぼくだけだろうか。

 本がたくさん集まっていて、なんらか機能しているところを思い浮かべてみると、どうやらそこにある本の状態は4種類に分けることができる。それは「販売用」「貸出用」「閲覧用」「内装用」の4つだ(「内装用」は閲覧することすら許されず、ただインテリアとして使用される状態のことを指していて、その状態はその状態なりに本が持つある種の機能を十分に果たしている、とぼくは考えているのだけれど、その話はまた)。そして「貸出用」は「販売用」と「閲覧用」の間に明確に位置するとぼくは考えている。その場で見れるだけではなく、自分の手に持って帰って読むことができるが、しかし自分のものにするわけではなく、いずれは返す。そこには人の温かみというか奥ゆかしさというか、やわらかい種類のものの存在を感じる。

 その「本がたくさん集まっている場所」を運営することでビジネスになっていることといえば、ぼくのやっているような「閲覧用」や「内装用」の書籍なんて本当に微々たるもので、現状はまずほとんどが「販売用」だろう。もちろん版元にとってはそれぞれ買ってくれるところがお客様なのですべてがビジネスだけれど、その書籍をベースに運営する側ということでいえば「貸出用」のメインプレイヤーである図書館は公共のサービスであって、その運営そのものは経済活動からは最も遠い。

 しかしどちらかというとモノとして所有することから離れて様々なソフトウェアが省スペース化していっている現在、本という結構な場所をとる代物をストックしてくれる「貸出用」サービス提供者の存在は、今後より大きなビジネスになる予感がする。単価が安いからビジネスにならない、という人がいるけれども、ほとんどの単行本はマキシシングルCD程度の値段だし、ちょっと専門的な本になればCDアルバムより高額なものはざらにある。ある本を「ちょっと高いから買えないな」と思った経験がある人は多いだろうことを考えると決して成立しないとはいえない。

 もちろん公共図書館との差別化はしなければならない。例えばこれだけ膨れ上がった出版点数に対して、もし絶版書籍を充実させそれが借りられるようなサービスを目指せば、少々高額でもついてくるユーザーは必ずやたくさんいるだろう。あるいはこれはTSUTAYAがCD/DVDでやっていることだが、深夜まで空いていて、大抵の書籍はだいたいまずそこで借りることができ、もしなくても版元に在庫のあるものならばリクエストを100%受け付ける、というサービスであれば、所有しなくてもだいたい手に入る、という安心感がある。そもそもCDも、公共図書館で借りることができるしリクエストもできるけれど、多くの人がTSUTAYAのようなレンタルショップを使うのは、結局品揃えやサービスの問題だ。実際、CD/DVDレンタルショップが書籍レンタルに参入しているケースは、既に地方を中心に多数見られる。

 あるいはちょうど2年ほど前、この連載で「ソーシャルネットワークによる仮想的な図書館」をPtoP的な手法で実現できるのではないか、そういうサービスも出つつある、というような話を書いたけれど(※3)、どうやらその分野はそれ以降、あまり進歩していないように思える。例えばmixiやtwitterのような気軽なインターフェイスで、各自が自分の蔵書を公開し貸し借りを行うようなサービスを提供することがもしできれば、それはウェブベースで十分ビジネスになり得るだろう(2007年1月にモバイル決済サービスの「Obopay」に買収された、元Amazonのスタッフによる「BillMonk」(※4)などいくつか既に事例はあるけれど、少なくとも日本で同様のサービスはあまり普及しているようには思えない)。ヴァーチャルであれ存在が見える個人から借りることの楽しみは、書籍の単価とは関係のないところで十分に付加価値になり得るし、ユーザーが増えれば増えるほど、手に入らない本がない状態にまで近づいていく。

 従来型のリアルな貸出であれ、宅配レンタルであれ電子貸本であれ、ソーシャルネットワークによる仮想的な図書館であれ、「貸出用」の本というのには、「販売用」や「閲覧用」とは違ったよさがある。やわらかい種類のものの存在、と前に書いたが、それがどのサービスにもあるように思うのだ。そしてこれからビジネスになっていくのも、そういうものが存在するところだろうということは、おおよそ間違いない。

※1:コミかる
http://www.ebookoff.co.jp/comical.jsp

※2:電子貸本Renta!
http://renta.papy.co.jp/

※3:「ぼくたちが本と出会うときのこと」第二回:お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの
http://uchnm.exblog.jp/1936819/

※4:BillMonk
https://www.billmonk.com
by uchnm | 2007-04-25 12:00 | 本と本屋
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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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