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「ぼくたちが本と出会うときのこと」第二回:お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの
 「ドラえもん」のガキ大将ジャイアンのこの名言は、「ジャイアニズム」という言葉さえ生んだ。なんと声優によるアドリブだったという説もあるそうだけれど、この一見ジコチュー極まりない思想も、考えてみればNapsterとかWinMXといったP2Pファイル共有ソフトにおいては至極当然の前提条件である。誰かの共有フォルダに置いてあるファイルもひとたびダウンロードすればその瞬間から「俺のもの」だし、自分のHDに保存してあるファイルはもちろん最初から「俺のもの」だ。この前提がジャイアン的な理不尽を逃れているのは、ファイルというものが完全に複製可能だからであって、ところで紙でできた本はどうかというと当然そう簡単には複製できない。コピー機やスキャナーを使ったとしても、「完全に複製」となると個人レベルではほぼ不可能だ。そう考えるとつい、本はこの「P2P共有」の恩恵には与れないような気がしてしまう。

 だからかどうかはわからないが、他人の持っている本やCDというのがここ数年、よりいっそう魅力的になった気がする。友達がカバーをかけた本なんかを読んでいるとつい「なに読んでるの?」と気になってしまう。それが部屋の本棚となるとなおさらで、その人の本棚を見ることでまるで頭の中を見透かしたかのような錯覚にさえ陥る。もちろん一般的に、人がこういった感覚を持つのは最近に始まったことではない。けれど、これだけコンテンツが公共財化しインターネットは情報量を増し、にもかかわらず出版点数も増え続けているという環境の中、その人が敢えて購入までして手に入れたコンテンツというのは、よりいっそうその人自身を色濃く表すようになってきているのだと思う。

 アメリカで「デリシャス・ライブラリー」というソフトが売れているらしい。自分の本棚にある本やCD、DVDを整理するためのソフトで、DVでバーコードを読み込めばネット経由で情報がダウンロードできる。サイトに掲載されているキャプチャ画像を見ただけでも、木製のいかにも高級そうな本棚に自分の本が並んでいく様はかなり気分がいいだろうと思うが、ホットワイヤードの記事によるとこのソフト、次のバージョンからはソーシャル・ソフトウェア化を目指すという。「友人や隣人や同僚が互いのメディア・ライブラリーに何が入っているかを参照できるようになり、各自のコレクションが、個人的に貸し出しをする図書館に変身する」。いわば本棚のP2P共有。友達の本棚に読みたい本があれば、ネットワーク経由ですぐに「それ今度貸して!」と言える。また逆に、趣味の合いそうな人の本棚をみつけそこから友達になることもあるだろう。ともかく物理的に本を共有するのではなく、知人同士持っている本の書誌データを共有することで、仮想的に本を共有している、というわけだ。まさに「お前のものは俺のもの」状態である。

 「ウェブ上で本棚を共有する」といえば、「ブクログ」を想像される方も多いだろう。ただ「ブクログ」の面白いところは自分の本棚をデータベース的に再現するというよりもむしろ、アマゾンのアフィリエイトを本棚というヴィジュアルに落とし込むことで、持っているものも購入予定のものもただ気になるものも全部まとめて所有したつもりになり、そのレビューなどを通じて人とコミュニケートできるという点だ。つまり「ブクログ」の本棚はイコールその人の蔵書という風にはならないことが多いから、貸し借りという要素は入り込みにくいかもしれない(実際トップページにある開発面での「やりたいことリスト」の中には「本の貸し借りとか交換が出来るようにする(いらんかな)」と書かれている)。しかしある意味ではアフィリエイトという手段を通じて、アマゾンで買える本全てが仮想的に「俺のもの」になっているとも言えよう。バーチャルとはいえ自分の個人の本棚に、買わずとも何冊でも好きなように本が差しておけるというのは、やっぱりちょっとうれしいものだ。

 「デリシャス・ライブラリー」にせよ「ブクログ」にせよ、そのソフトを使いコミュニティに参加することで、気になる「他人の本棚」がいくらでも覗けるようになる点は共通している。目の前にある物理的な本そのものをファイルのようにネットワーク上で共有することは不可能だけれど、タイトル・著者名・出版社名といった書誌データ、そしてそれを読んだ人の感想などを共有することはいくらでもできるということだ。その情報を通じて、ぼくたちはただ人の趣味を覗き見るだけに留まらず、貸し借りや購入といった方法で具体的にその本に触れることができる。いわば他人の本棚に出会うことで、そこから一冊の本に出会うことができるようになったというわけだ。そういったわけで実はいま個人的に、「本の貸し借りを前提として読書日記に特化したブログサービス」という構想を練っているところなのだけれど、とにかくその「共有」という感覚が当たり前に生活に浸透すれば、ジャイアンが暴力を使わないで済む日もそう遠くないのかもしれない。

◆デリシャス・ライブラリー:http://www.delicious-monster.com/
◆ブクログ:http://booklog.jp/
◆Wired News - 本やCDをバーコードで管理するマック用ソフトが人気:http://hotwired.goo.ne.jp/news/business/story/20050119103.html

([本]のメルマガ 2005.02.05. vol.203 http://www.aguni.com/hon/
by uchnm | 2005-02-06 01:15 | 本と本屋
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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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