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第41回:本を「めくる」
 音楽が好きで、たまにDJをしている。一時期のファッション的なDJブームは去り、最近は純粋に音楽が好きな人たちによって、自主的に企画されたパーティが目立っているようだ。ぼく自身もそういうものを主催したり、または友人が主催するイベントに呼ばれて出演したりしていて、それらは小さいものは都心部のクラブやカフェ、あるいは大きなものでは海辺や山の中などのアウトドアを会場に、無数に存在する。

 ぼくがメインで使うのはいわゆるCD-Jと呼ばれる機材で、CDを擬似的にアナログレコードのように「回す」ことができるものだ。もちろんアナログにこだわるDJも数多くいる。またその一方で、PCでDJ用のソフトを使い、デジタルデータの音源をデスクトップ上で再生するデジタルDJもだいぶ一般化してきており、彼らの中にはVCI-100(※1)のような、擬似的にデジタルデータを「回す」ためのインターフェイスを使用する者も少なくない。音源を自分の手で「回す」という身体的な行為は、音源がどういう形態であれ、DJを楽しむ多くの人間にとって欠かすことのできない要素なのだ。

 本がCD登場以降のレコードのようにインターネットに取って代わられ、趣味的なものになってしまうのではないかという懸念は、インターネット勃興期の、だいぶ昔からあったものだ。さすがに今となっては、ほとんどの人がそれほどの完全な移行はありえないと感じていると思うけれど、ぼくはこれまでこの種の懸念を、アナログからデジタルへというメディアの変遷という文脈、あるいは旧メディアに対するプロダクトとしての愛着という文脈でしか、とらえてこなかったように思う。

 けれど最近になって、そこにはもうひとつの要素として、その音楽/読書体験の身体性や運動性という文脈が、かなり強い要素として存在するのではないか、ということに思い当たった。つまり音楽における「回す」「回る」と、読書における「めくる」「めくれる」との類似であり、それはすなわち「回す」という行為にこだわるDJと、「めくる」という行為にこだわる読者とを並列に考えてみることで、いろいろ見えてくるのではないかということでもある。

 フリーのCD-ROMマガジンとして2004年から季刊で発刊されていた『CINRA MAGAZINE』(※2)が、最新号である第19号をもって休刊し、ウェブメディアである『CINRA.NET』(※3)上に移行することとなった。PCで再生しコンテンツを楽しむことができるのはもちろん、CDプレイヤーにもそのまま入れて音楽を楽しめるというのも大きな特徴であったが、高速なインターネット接続環境が広く普及し、音楽再生なども含め文化として根付いたことから、それがウェブサイトに完全移行するのはしかるべき流れといえる。共有される可能性があるデータはすべてインターネット上、すなわち「あちら側」にあればいいのである。

 デジタルオーディオプレイヤーが普及したことにより、音楽CDを買わなくなっただけでなく、そのコピーとしてのCD-Rすら、日常のリスニングの際に使用する機会は減っているように思う。同時にデータのやり取りにおいても、メール添付でストレスなくやり取りできるデータ量も増え、ファイル送信やオンラインストレージなどのサービスも普及し、USBメモリなどより気軽な補助記憶装置が出てきたことによって、CD-R(W)を介する機会は相対的に減っている。

 つまり日常的に「回る」ディスクを見る機会が、どんどん減っているのだ。ハードディスクが中で「回って」いることはあっても、ブラウザやソフトウェア、あるいはデジタルオーディオプレイヤーそれ自体が「回る」ことはない。人々は商品としての音楽CDから離れているだけではなく、ディスクが「回る」のを眺めたり、それを「回す」という行為から離れていってしまっているのではないだろうか。

 おなじように人々は、読書という体験から離れていっているだけでなく、そもそも「めくる」という行為からも離れていっている。もちろん手帳やノートもカタログも「めくる」ものだけれど、それらもまた、みな「あちら側」にどんどん移行しているのは周知の通りだ。ぼくにしても、スケジュール管理には「Google Calender」を使っているし、事務用品をアスクルで頼むときは紙のカタログではなくオンライン上で決済までしてしまう。

 過去を思い起こせばまず真っ先に「あちら側」に移行したのは、検索性が問われ、かつほぼテキスト情報のみで構成される、英和辞典などの辞書コンテンツであった。むしろ小説のように、頭から終わりまでがリニアに繋がり、それが「めくる」という身体のリズムとともに発展してきたコンテンツであればあるほど、デジタル化されたものに対しては違和感を感じるように思う。その意味では、「めくる」という行為における最後の砦は、小説やエッセイのような活字コンテンツだといっても過言ではない。

 現に、本にまつわる仕事と並列してインターネットにまつわる仕事も請けているぼくのところでも、ウェブサイトのフラッシュ制作の案件の中で「本をめくるようなアクション」を要求されることがある。もともと本のことをやっているので当然そういったアクションは得意にしているのだけれど、そもそもそういったニーズがあること自体、人々の「めくる」という行為に対する愛着が感じられる。そして、それをブラウザ上で擬似的に再現することはできても、実際に動かすインターフェイスがマウスになってしまうというのが、もどかしい。

 そういう意味で最も「めくる」に近い操作感を体験させてくれるデジタルデバイスが、「iPod Touch」および「iPhone」である。「iPod Touch」を初めて触り、複数の画像ファイルなどを順番に閲覧していったとき、その操作感を「雑誌のようだ」と感じた人は多いだろう。時代の中で「iPod Touch」および「iPhone」がこれだけ受け入れられている大きな理由のひとつを、「めくる」を初めて実装できたからだ、というふうに仮定してみると、また違った活字コンテンツの未来が見えてくるのではないか、とぼくは考えている。


※1:VCI-100
http://www.vestax.jp/products/players/vci100.html

※2:CINRA MAGAZINE
http://cinra-magazine.net/

※3:CINRA.NET
http://cinra.net/
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by uchnm | 2008-10-25 00:00 | 本と本屋


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