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第36回:現代美術が本をプロダクトとして浮き彫りにする
 八丁堀のOtto Mainzheim Galleryでの月1回のトークショーシリーズ「ぼくたちと本とが変わるときの話」(※1)も、第3回目を迎えた。第1回目、第2回目と、いわゆる出版業界に生業として携わっている人たちをゲストに迎えてきたけれど、今回は本を素材として美術作品をつくるアーティスト、飯田竜太(※2)くんと施井泰平(※3)くんの2人を迎えた。

 2人の作品については、この連載で以前に紹介したこともあるし、ネット上にたくさんの情報があるのでご興味のある人はぜひ調べて検索していただけるといいなと思うけれど、ぼくらは3人で「森」という名前の3人展をやったことがあり、その後、そのまま「森」という3人組のアーティストユニットとして不定期で活動している。

 そもそもの出会いは、ぼくが友人に泰平くんを紹介されたときに、彼が「文庫本のカバーのみを譲ってもらう方法はないか」という話をしていたことにはじまる。彼のもっとも有名な作品シリーズは、文庫本のカバーの背表紙の部分を使った平面作品で、その作品のために大量の古本を購入して、中身のカバーなしの文庫本は本好きの人たちを集めて無料で配ったりしていたからだ。

 そしてそのほんの2週間後くらいにgrafがやっているgmというギャラリーの展示に呼ばれて大阪に行ったときに、同時期に展示をしていた飯田くんと知り合った。飯田くんの作品の中には文庫本のページをカッターで彫っていくシリーズがあり、そこでなんと「中身だけが必要で、カバーとかは捨てちゃうんだよね」という話を聞く。こんな偶然ってあるものか、と、その場で泰平くんに電話し、それで東京に帰った後、そのまま3ヵ月後に展示をやることになるのである。つまり2人はそれぞれの作品製作にあたって、素材をシェアできる仲なのだ。

 トークではまず前半に、この結成のエピソード、そしてそれぞれの作品などを一通り紹介し、そして後半は、そのふたりが本をモチーフに選んでいる理由は何なのか、というところからスタートした。泰平くんは「インターネット時代の現代美術作品」ということを強く意識していて、本に書かれたものはウェブサイトでいうところのソースコードのようなもので、それをどうブラウジングするかは読み手が頭の中で視覚化したりして理解しているものであり、そういった情報の集積であるという点で、本に何か象徴的なものを感じたのだという。また、その作品を制作し発表する過程で、本好きの人たちが「カバーを切るな」と怒ったり、中身は全く損なわれないのにカバーを手放すことを嫌がるのにあらためて気がつき、そのプロダクトとしての特殊性も意識するようになった。

 一方の飯田くんは、本の中身を読み手同士が共有する部分の「危うさ」を前提として作品をつくっているという。情報を共有することで安心感が生まれそこに社会が生まれるということ、そしてその情報の理解のズレによって人間や社会に「危うさ」が生まれるという観点から、本が現代を象徴していると感じた。そこにもともと持っていた彫刻の手法を導入したという。いわゆる彫刻家は木や鉄といった素材に対してそこでいう「危うさ」のような特殊な感情は持たず、自分のイメージを表現するための素材としてそれを捕らえているが、飯田くんはあえてそういう意識を彫刻に導入することで、作家自体の頭の中のイメージも本当は「危うい」ということも表現しようとしている。

 そして話題は、切るときの「罪悪感」に移る。飯田くんは当初強い罪悪感を感じたというが、緻密に制作を重ね、技術が向上していくにつれ、それがだんだんと達成感に変わっていったという。その「切る罪悪感」と、泰平くんが話した「カバーをあげられない」という感覚は近いもので、本にはそういった、普通のプロダクトにはない特別な感情が付随している。この一種の魔力は、「本を切っちゃうの?」という違和感が、特に本好きのひとに限らず、誰にでもあるというところにその特殊性がある。

 他に印象的だったのは、それぞれが個人的に読む本について、飯田くんは本屋で立ち読みしてからでないと本を買わず、できれば帯などの宣伝文句も自分の買うときの判断がぶれるからないほうがいいと言うのに対し、泰平くんがアマゾンでどんどん本を買ってしまうと言うことである。それはとても興味深いことに、それぞれの作品に対する考え方とぴったりと呼応している。自分が作品の素材として使う本に対しては、飯田くんは、自分がカットする本はなるべく読むのに対し、泰平くんは、観る人も本棚のように見えて開くことはできないという作品の性質上、あえて自分も必ず読まないようにしているというのである。

  その後もぼくが過去に企画した美容師の展示の話や18世紀イギリスのチャップ・ブックの話、飯田君のカットする本の新旧による違いの話、そしてこれは今度また話題にしたいけれど、第1回に出た「断裁前の書籍を引き取る団体」を具体的に進めていく話など、一貫して「本というプロダクト」の特殊性について話をしていたように思う。デジタルのテキストコンテンツがこれだけ流通するようになった今、本がよりプロダクトとしての強度を強めていかなければならないのは必然だ。同時代的にこういった作品をつくるアーティストがいるということが、何よりそのことを証明しているといえるだろう。


※1:MUSEUM OF TRAVEL
http://mot8.exblog.jp/

※2:飯田竜太
http://www.ryutaiida.com/

※3:施井泰平
http://www.taihei.org/

※「ぼくたちと本とが変わるときの話」は第3回でひと区切りしましたが、第4回以降の開催をただいま準備中です。また告知させていただきますので、どうぞお楽しみに。
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by uchnm | 2008-05-26 10:32 | 本と本屋


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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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