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第23回:本を交換する
 旅には本が欠かせない。長旅であればなおさらだ。けれど同時に、長旅に余計な荷物は禁物だ。だから世界を旅しつづける人たちの間には、母国語が同じ人と出会うと、持っている読み終わった本同士を交換する習慣がある。そうすれば、ずっと新しい本を読むことができるというわけだ。読み終わった本を、たまたま出会った誰かに手渡す。その本は渡された誰かに読まれた後、また次の誰かの手へとわたっていく。こうして旅人から旅人へと持ち主を変えていく一冊の本それ自体もまた、どの旅人とも違う行程を、延々と旅してゆくことになる。

 エルビススズピー氏は、そんな旅人たちの間ではとても有名な方なのだそうだが、残念ながらぼくはお会いしたことがない。けれど、友人から聞いた彼の「エルビス文庫」の話に、ぼくはとても感銘をうけた。

 ぼくの友人もまた長い旅をしている途中、星条旗の柄のバンダナを頭に巻き、エルヴィス・プレスリーのTシャツを着た氏と出会い、本を交換したという。ただでさえインパクトのある氏だが、彼から受け取った本は、ぼくの友人をさらに驚かせた。それはビニールコーティングされ、中にエルヴィス・プレスリーの写真が入れられ、「エルビス文庫」と書かれている。氏の手によって、カスタマイズされているのだ。中身はふつうの文庫本で、友人が受け取ったのは村上龍「愛と幻想のファシズム」上下巻。手書きのタイトルが背表紙に書いてある。氏の手に渡った本はすべて「エルビス文庫」としてカスタマイズされ、世界中に出回っていく。

 Googleなどで「エルビス文庫」と入れて検索すると、きちんとヒットする。そのうちのひとつの掲示板の書き込みを見ると、数年前に900冊をカウントしているから、おそらく今は1000冊をゆうに超えているだろう。ぼくの友人が渡した本もまた、氏の手で「エルビス文庫」にアレンジされ、今もどこかの誰かが旅先で読んでいるかもしれない。まさに、世界中がエルビス氏の本棚なのだ。

 また氏は「エルビスノート」という、ガイドブックなどにはあまり載っていない現地の情報を独自にまとめたノートも製作している。アフガニスタン、アフリカ、中米、南米編などに分かれており、各地の日本人ゲストハウスにはそのコピーが置かれ、旅人たちはそれを書き写したり丸ごとコピーを取ったりして重宝しているらしい。これもエルビス氏を有名にしているもうひとつの理由で、やはり検索すると多数ヒットする。「『地球の歩き方』よりも安宿とかに関しては情報は多い」「南米編はたしか140ページぐらいあった」という記述もあるくらいだから、並大抵ではない。

 同様に本を世界で共有する試みといえば「ブッククロッシング」(※1)がある。さきほど「世界中がエルビス氏の本棚なのだ」と書いたが、しかし氏は、おそらくそういった「ブッククロッシング」的な目的のために「エルビス文庫」をつくっているのではないとぼくは思う。もちろん推測でしかないが、氏にとって世界中を回っていく本は、あくまでエルヴィス・プレスリーの存在を知らしめるための、メッセージツールなのではないだろうか。あるいは、本を交換するという習慣の中で、出会った誰かとの会話を有意義なものにするための、ひとつのコミュニケーションの仕掛けにすぎないのだろう。

 多くの、いま旅をしていないぼくらにとって、ほしい本を手に入れることは比較的たやすい。一方で、どれを読んだらいいかわからず大型書店の森の中をさまよい、結局道に迷ってたどり着けないような思いをした経験がある人も多いだろう。そんなときには友人と、読み終わった本を交換してみるのもいいかもしれない。ちょっと気恥ずかしいけれど、読むときに線を引いたり欄外にメモを書いたりすれば、それは相手へのメッセージになる。あとで古本になることを考えてか、本を汚すことに抵抗がある人も多いけれど、そうして世界に一冊しかないオリジナルの本ができていくほうが、ぼくは素敵なことだと考えている。

※1:ブッククロッシング
http://www.bookcrossing.com/

※参考:「ぼくたちが本と出会うときのこと」 第七回:本に書き込む
http://uchnm.exblog.jp/3071801/
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by uchnm | 2007-02-25 00:00 | 本と本屋


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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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