<   2006年 01月 ( 1 )   > この月の画像一覧
「ぼくたちが本と出会うときのこと」第十二回:本でモテる
 たとえばカフェで、たとえば電車の中で。ひとりで本を読んでいる人が、ぼくは好きだ。つい何の本を読んでいるのか気になってしまって、覗き込んだそれが自分の趣味に合っていたりすると、三割増くらいで素敵に見えてしまう。

 しかしこの件に関して今、ぼくはひょっとすると少数派かもしれない。過去を引き合いに出して「あの頃はこうだった」とか「あの時にこうなってしまった」とかいった話は、実体験のないぼくが書くことではないので省くけれども、ともかく本を読むことがかっこよく見えた時代と、そうではなかった時代とがある。もうちょっと下世話な言い方をすれば、読書家であることがモテるかどうか、ということだ。

 ぼくはトーキョー・ヒップスターズ・クラブという、アパレルでは類を見ない大きさの書籍コーナーをもつショップの仕事もさせていただいているのだけれど、オープンして3ヶ月ちょっとたった今、予想以上に本が売れている。もちろん最初に物凄く低く見積もっているので、書店の常識から考えれば現状でもまったく商売にならない数字だ。だが、少なくとも希望の持てる感じではある。出版だけではなくファッション業界の方々にも、概ね評判がよい。そして、ヴィジュアル本ばかり売れているというわけではなく、むしろ活字の本がよく動く。

 ところが店頭に立っているスタッフに聞いてみると、実際のところ、服と本を同時に買っていく人はまだまだ少ないという。つまり、今は服は服のお客様、本は本のお客様、という風に、大きく2つに分かれてしまっているということだ。もちろん直接の購買に結びつかなくとも相互に補完しあっていることが重要だし、一回目で手に取りやすい本を買って、二回目三回目の来店時に服を買うというケースもたくさんあるのだろう。しかし、服が好きな人にその背後にある思想を本を通じて伝える、というのが大きな目的のひとつである以上、少なくとも服が目的でお店に来たお客様に、本に興味を持ってもらえるよう仕掛けていかなければならない。そのための前提として、そもそもいま本を読むことはモテ得るのか、ということについては、どうしても敏感になってしまう。

 例えばいま、ヨガはモテるといえるかもしれない。ファッション誌やライフスタイル誌などを中心に、簡単なものから本格的なものまで幅広く紹介され、それぞれの教室が相次いでオープンしている。肉体のみでなく精神的な健康のためという要素も含まれ、一時期の流行で少し恥ずかしいことばになりかけていた「癒し」というワードも、ヨガブームに伴って復活してきた感さえあるからそのパワーは絶大だ。もちろん昔からヨガをやってきた人、だいぶ早い段階からヨガに目覚めた人にとっては、今の騒がれ方はそろそろ目の敵かもしれない。しかし今はまだ、ヨガマットを背負って歩く人の増加は加速しているように思う。

 もちろんこれは、ただの流行のひとつに過ぎない。しかし重要なことは、数年前までヨガには特にモテのイメージはなかったということ、そしてたとえブームが去って市場が小さくなっても、うまくいけばその後も適正に定着し良いイメージはずっと残るということだ。一昔前でいえば、例えばダーツあたりがそうだろう。ダーツも流行になる前は、決して上手いからモテるというものではなかった。そして数年前に一大ブームが訪れ、いつしかダーツはポピュラーなものになった。そして今、ブームはある程度落ち着いてきたといえるだろう。しかしだからといって、ダーツがダサいものになったかというと、決してそんなことはないのではないだろうか。

 そういう意味では、本屋ブームというのもあった。いや、それは今も続いているといってもいいのかもしれない。しかしそれは今のところ、本ブームというのとは微妙に違う。そこで取り上げられた多くは写真集や絵本に偏っているし、活字本であっても注目されるのは装丁の美しさであったり、古本の持つプロダクトとしての存在感であったりすることが多い。だから今こそこれをきっかけに、もう一度あらたな本ブームが作られるべきときではないだろうか。

 例えば服一枚着る前にも、その背後にある歴史やデザイナーがそれに込めたものを知ろうとし、それを活字に求めることができる。そうして内側から磨かれた人というのは、服の表面的なデザインとは別のところから、自ずと光るものだ。これはファッションだけではなく、全ての分野にいえることである。グラフィックデザイナーはデザイン思想の本を読み、ビジネスマンは経営学の本を読む。いま全く活字に縁遠い人は、入り口はノウハウ本で構わない。そこからどんどん深い本の世界にはまっていくことが、その人自身の世界を広げていく。そうしてそれは実際に、そのひとをかっこよくしていく。言ってみればこんな当たり前のことを、広めるチャンスが欲しいのである。

 静かな動きは、本屋ブームをきっかけに既に少しずつ起こりつつあるようにも思う。仮にいまアイドルが本を紹介するバラエティー番組なんかが人気になれば、すぐに火がついてしまうだろう。もちろんそんなやり方は、望ましい形ではない。最悪の場合、ただ歪んだ形で消費されてしまう危険性もあるからだ。しかしこのまま何も起こらないままの現状をただぼーっと見過ごしていては何にもならないし、仮に歪んだブームが起こったとしたなら、それにこそ目を光らせなければならない。正しくブームを生むこと。もしくは歪んだブームが来たならばそれを是正して消化し、本を読むことのかっこよさを、当たり前のものとして定着させること。そんな仕事をぼくはしていきたいと思う。少なくとも本を読むことがダサくなってしまうような時代だけは、もう迎えないようにしたいのだ。

※年始から、個人サイトはじめました。日記:http://d.needtosleep.net
[PR]
by uchnm | 2006-01-25 16:59 | 本と本屋


はじめての方へ
■■news■■この連載の他、大量の書き下ろし原稿を含む、内沼晋太郎初の単著が発売になりました!詳細はこちら

「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
mixi
以前の記事
お気に入りブログ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧