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「ぼくたちが本と出会うときのこと」第十一回:アートの本を流通させる
 トリエンナーレも終わり、ぼくらの店のある横浜はちょっと落ち着きを取り戻したかと思いきや、今度はクリスマスだからといって物凄く混んでいる。そうか、デートスポットだったなあと改めて認識。普段はひともまばらなのでそんなに気にならないが、さすがに数が増えるとそのカップル率がやたら目に付くものだ。車道は、もっとすごい。何を観に来た客なのかもわからないがとにかく完全に渋滞していて、まったく進む気配を見せない。ぼくはその横を徒歩で身軽に通り過ぎながら、まったく、自動車は不自由だなあと思う。大きな乗り物であればあるほど、自分の思うようにはいかないものである。

 ところでトリエンナーレ会場でもご多分に漏れず、公式のカタログというのを販売していた。いわゆる美術展のカタログにありがちなサイズより一回り小さいものの、やはり特有の存在感のある紙に、ほとんどフルカラーで刷られた、ずっしりした本という印象。ウェブによると定価は2000円で、B5変形229ページ、和英バイリンガル表記とある。安い。「こちらでも購入できます」という文字の下には、「六本木ヒルズアートアンドデザインストア」「NADiff」の2軒のアートブックショップの名前が並んでいる。普通の書店では、買えないのだ。

 ご存知の通り、大抵の新刊書店では、その商品のほとんどすべてが取次と呼ばれる会社を通ってきた商品である。逆に言えば本を作る側は取次を通さない限り「本屋さんに行けば買えます。なければ店員さんに注文してください」とは公言できない。いくら見た目が本であってもだめなのだ。取次に扱いがない商品を仕入れるのは、本屋にとっては例外なのである。そして年間にかなりの量が作られているにもかかわらずほとんど取次を経由しない本、その代表格が、この美術展カタログだ。

 スポンサーがついている場合を除き、たいていの場合出版者は美術館であり、編集者にあたるのはその美術展のキュレーターだ。美術展の予算の中にその制作費が組み込まれ、展覧会初日に間に合うようにつくる。会期中に訪れたお客さんが、その感動を忘れないために買っていく。そして会期の間に売り切れば大成功、余れば美術館の在庫になる。余った在庫はポツポツと売れるが、基本的にはもう終わってしまった展覧会だ。たまたま美術館に訪れたひとがたまたま過去のその美術展に興味がある、というケースはまれである。

 モノとしての見た目は、完全に本である。しかしISBNを持つわけでもなく書店流通もしないとなると、制度上は本ではないとも言えてしまう。それでも実は、国立国会図書館に納本する義務は法律上きちんとあるのだけれど、出版社の場合は取次が納本してくれるようになっているためその制度自体があまり浸透しておらず、現状としては納本されていないケースも多いようだ(※1)。そうなるといよいよ、追跡することが難しくなる。美術系の学生が卒論のために「何年前にあの美術館で行われたあの展覧会のカタログ」と探そうとしても、それを確実に手に入れるすべがないのである。

 先日、横浜のBankART1929で開催した[art×book fair](※2)は、まさにそういう本が流通しないことに問題意識のある人々が主体となって、とにかく集めてみようということで開かれたイベントだった。いくつもの美術館やギャラリー、芸術系のNPOやアーティスト個人などが集まる、アートの本のフリーマーケットのようなイベント。そこに並んだ本は、普通の書店はおろか、先ほども登場したアートブックショップの代表格「NADiff」などでも観たことがないものがたくさんあった。しかも出展者の数からいうとそれは氷山の一角にすぎず、まだまだ眠っている本がたくさんある。そしてそのイベントは、小さいながらもきちんと盛り上がっていた。

 本を作るのが簡単になって、アートの本に限らず様々なジャンルで自主的につくられる本の体裁をしたものはどんどん増えている。いわゆる本当の出版点数は、実際は毎年公表されるものとは比べ物にならないペースで増えていることだろう。もちろん、作る側も流通に耐えうる本を作る論理が足りないし(きちんと編集されて出版社と組んで出るケースもあるがまだまだ例は少ない)、取次のようにまとめて流通させる主体はないし、仮に流通がうまくいったとしても、売る側の体制が整っていない。何せ出版業界同様、美術業界も大きな乗り物である。自在に動くようにはならないだろうけれど、実はちょっと本気で、アート系の非流通本を流通させるための活動をゆるやかにスタートさせてみたいと思っている。まだまだ問題点もたくさんあって、考えていることもたくさんあるのだけれど、とてもじゃないけど書ききれない。これはさわりということで、また進展があったら報告させてください。本気で興味があるので手伝いたい、という人はぜひ連絡を。


※1:納本制度 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E6%9C%AC%E5%88%B6%E5%BA%A6

※2:art×book fair
http://www.super-jp.com/bookpick/bookfair/
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by uchnm | 2005-12-25 16:57 | 本と本屋


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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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