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「ぼくたちが本と出会うときのこと」第九回:本を売りたい、本屋ではないところ
本やらウェブやら現代美術やらのまわりで仕事をしているので、ぼくは文学部やら慶応SFCやらどこかの美大やらの卒業生だと思われていることが多いのだけれど、実際は商学部でブランド論を専攻していた。ちょうどカフェブームやらカリスマ美容師ブームやらが終焉しつつあった当時、最もよくケーススタディに使われていたブランドは、スターバックスであったように思う。もっともつい最近コンビニでの販売を開始したことはとても論じやすそうなケースなので、今の学生も「スタバのブランド・アイデンティティは……」などとやっているのかもしれない。

ところで今や名ばかりの「おしゃれカフェ」や「カリスマがいる美容室」は淘汰され、本当に質のいいところだけが残るようになってきている、と聞く。そう聞くと安心してしまうが、ともあれ本当にこだわりのあったお店が潰れてしまったり、大したことのないお店が演出がうまかったために生き残ったりはしているはずである。それは「質」そのものではなくて「質の見せ方」の問題だからだ。

とはいえ、こうなってくると新規参入はむずかしい。「上質の」とか「こだわりの」とか「心地よい」とかはもちろん、「本場ブラジルで生まれた店主が」とか「○○にインスパイアされた内装で」などと散々言葉を尽くして打ち出しても、なんだかさっぱり伝わる気がしないからだ。それはブームを通り越して、すでに皆が多くのカフェを知っていることにある。よっぽど新しいものであれば別かもしれないが、単に奇をてらってもそれはそれで長続きしない。さてどうしよう……という中で、なにやら「本」に注目しているカフェ業界の人が増えているような気がしている。それはカフェのブランド戦略のタッチポイント(※1)として、などというと大仰だけれど、だいたいそんな感じのものとしての「本」だ。

コーヒーを飲んでもらうだけではなかなか伝えるのが難しいことを「本」は簡単に伝えられる。いや、そう言いきってしまうと語弊があるかもしれないけれども、ともあれ「本」はもともと言葉やらイメージやらを直接印刷して人に伝えるためにつくられているのだから、「店主の伝えたいこと」を伝えるのに適当な本があるのだとしたら、よほどのコーヒー通でない限りは「コーヒーを飲むこと」よりは「本を読むこと」を通してのほうがわかりやすい。置いてある本を通して、お店を知る。そしてそれがフィットしたお客が常連になる。

これはカフェに限った話ではない。流行に左右されて、本物がなんなのか、自分たちのストーリーがどこにあるのかを伝えにくい業界であれば、どこでも当てはめることができる方法だ。実はぼくも数ヶ月前にあるアパレルに誘われて、原宿に新規オープンした「Tokyo Hipsters Club」(※2)というお店で本のコーディネイターの仕事をしているのだけれど、このお店を考えた人たちの「服も売るけれど本も売る」という発想は、まさにその「伝えたい」というところにある。

わかりやすい例を挙げると、数年前、チェ・ゲバラの顔がプリントされたTシャツやらグッズやらが大流行したことがあった。流行の発端をたどれば、革命家としてのゲバラへの尊敬と憧れをもった人たちにたどり着くはずだけれど、特に東京では、ひとたび流行になってしまえば、街にはゲバラが誰なのかさえさっぱり知らずにそのTシャツを着る若者であふれる。たとえばその時、ふと「そういえばこの人は誰なんだろう」と思っても、わざわざ本屋で探すまでには至らないだろう。それどころかまず、そのファッション好きの若者たちのうちどれだけが、日常的に本屋にいくかもあやしい。本屋にはあらゆるタイプの人がくるのでつい勘違いしやすいけれど、本屋にまったく行く習慣がない人というのももの凄くたくさん存在するのだ。

ゲバラの場合は顔がそのままアイコンとして使われたのでかなり特殊なケースだけれど、たとえばある洋服がデザインされること、あるお店が経営されること、その背後にある思想を伝えるための直接的な道具として、「本」はとても便利である。もともと「本」は、陳列しているだけで語り出すものだからだ。もちろん本の流通は一筋縄ではいかないところがあるので、いきなり一角で小さな本屋をやるといっていきなり売りたい本を仕入れて並べるのは、簡単なことではない。けれどやろうと思って本気になれば、いろんな方法がある。
 
そもそも本屋だけが「人と本との出会い」の場所でないのだ。むしろ本屋以外の場所で出会うことのほうが多いような気がするし、本屋にはできない出会わせ方がある。本屋ではあまり売れない本も雑貨屋でならたくさん売れるかもしれないし、スーパーの冷蔵庫で野菜の横で冷やしていたほうが面白い本もあるかもしれない。もちろん本だけの売り上げで成り立たせるのは大変だけれど、それによってブランドがきちんと伝わり、雑貨や野菜が売れるのであればすばらしいことであろう。というわけで「本を並べたいから選んでほしい」「本を売りたいんだけれどどうしたらいいか」という本屋以外の方々、ぜひ一度ご相談ください。と、ちょっと宣伝めいてきたところで、今回はこれにて。

※1:「タッチポイントの調和を生み出す」(PROPHET Knowledge Center)
http://www.prophet-japan.com/knowledge/whitepapers/downloads/TouchPoint(J)%20.pdf

※2:「Tokyo Hipsters Club」
http://www.tokyohipstersclub.com


([本]のメルマガ vol.229 http://www.honmaga.net


後記:と、書いて数日後、たまたま駅前の本屋で立ち読みした『ハイ・ファッション』の第2特集のタイトルはそのものズバリ「ファッションは本を必要としている」。本は「ハンティング」より「フィッシング」がいいと書くオン・サンデーズの草野さん(大変お世話になっております)に共感。つい先日お会いしたばかりの、移転されたばかりのユトレヒトの江口さんや、最近ご自身の会社「バッハ」を立ち上げられた幅さんの発言にも頷くばかりで、こちらも身が引き締まりました。まずは本屋としてどこまで行けるか、ぼくもがんばります。
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by uchnm | 2005-10-25 00:00 | 本と本屋


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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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