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「ぼくたちが本と出会うときのこと」 第七回:本に書き込む
 ぼくは東京のはずれ、あらかわ遊園という区営の遊園地の近くに住んでいるので、早稲田に行くときは都電に乗っていく。都電荒川線は現存する数少ない路面電車のひとつで、早稲田と三ノ輪橋の間をゆっくりと、ときには信号で止まり、ときには大幅に遅れながら、それでも周辺に住む人々の大切な交通手段として、毎日走っている。線路沿いにはバラが植えられ、時期には見事だ。終点は早稲田という駅名だが、早稲田の古本屋街に出るには、面影橋という駅で降りるといい。小さな川を背にして通りを越し、目の前の細い道を入る。いつもちゃんとたどり着くか不安になるが、八百屋やらコインランドリーやらを過ぎてしばらく進むと、たしか銀行の横、安藤書店のすぐ近くに出る。

 ある時早稲田のどこかの均一台で買った、メルロ・ポンティの『ヒューマニズムとテロル』がものすごく面白かった。といっても、中身の話ではない。その本を前に読んだ人が残した、膨大な書き込みだ。線引きは複数の色で丁寧に引かれ、重要箇所には傍点がふられ、その都度思いついたことが欄外に記してある。ある箇所に至っては、その欄外部分が切り取られて、いわばページが小さくなっている。きっとその人にとってものすごく重要なことを書いたのだろう、きっと切り取って別の場所に保存してあるのだ。よく古本屋で安く売られているこういった書き込みのある本は、たいてい最初の数ページのみであとはきれいだが、この人は違う。最後のページまで同じテンションで続いている。そのことに気づいたぼくは、思わずその人の残した跡を全部追い、そしてそれで満足してしまった。

 ぼくが昔とてもお世話になった人がいま運営している、ページ屋(※1)というデザイン・編集チームのウェブサイトがある。そこで連載されている「本を読んだ人たち」という企画も、書き込みをテーマにしたものだ。「きれいな本であっても、一度線を引いてしまえば古本屋の顔をしかめさせ、買い取り値はさがるから、よほど不必要な本か、書き込み専用に2冊買った本か、情熱をかけて読んだ本でないと、本を読んだ人たちも思い切ってこんなことはしないだろう。駄本以外の話になるが、書き込みの思い切りは精神的には貴重な内容であることが多いということか。」実際この連載の第1回に出てくる本は、小説の主人公を自分に見立てたと思われる書き換えがなされていて、切迫したものが感じられて非常に興味深い。

 サラリーマンでもできるお小遣い稼ぎ、みたいな文脈で紹介されるようになってから、オンライン古本屋(と呼んでいいのか分からない人もいるが、とにかくネットで古本を売っている人たち)は今なおどんどん増え続けている。ブックオフで本と携帯を交互に見ている人を見つけたら、それはアマゾンマーケットプレイスの最安値をチェックしているセドリ人、通称セドラーだ。携帯にISBNを入力して、その本がいくらで売られているかを調べる。ところが高額で取引されていることに気づいても、すぐにカゴに入れてしまうのは素人。長くやっている人は必ず、中に書き込みがないかを調べる。ブックオフの本は外身はきれいだが、中身までくまなくチェックされていないため、よく書き込みがある本があるからだ。書き込みがあるものを気づかずにアマゾンで売ろうものなら、買った人からクレームが来てしまう。返品の手間やコストがかかるだけではなく、アマゾンやヤフオクなど「評価」によってその売主の信頼性を判断するシステムでは、クレームはその後の営業に大きく影響する致命傷だ。

 先月、恵比寿のギャラリーPOINT(※2)と共同で「WRITE ON BOOKS」という企画展示を行った。「期間限定の、書き込み自由の古本屋」というコンセプトで、来た人はその本の「共著者」として自由に本に書き込みをすることができる。前述のように、リアルであれオンラインであれ、書き込みがあると古本の価値は下がってしまうが、この本屋では逆に書き込みがあればあるほど価値がある、という設定だ。いろいろな人の手を経ることによって、その本にはどんどんオリジナルな視点が書き加えられていく。価格は1500円に統一したが、実際、書き込みの多いものほど人気があった。期間が短かったことや、あくまでイベントとしてその場で書かなければいけなかったこともあり、書き込みというよりは落書きに近いものが多くなってしまったことは反省点でもある。だが逆に「学生の頃、人の教科書をのぞいているみたいな気分」(※3)といった感想も多くみられ、企画としては概ね成功だったといえるだろう。

 今日も都電に乗って、早稲田に行く人がいるだろう。ぼくはこれから神保町に行く予定だし、明日はブックオフに寄るかもしれない。そこでたまには、書き込みのある本を探してみよう。均一台あるいは100円コーナーで眠るそれは、確かに安くなってしまったキズモノかもしれない。けれど視点を変えれば、世界に一冊しかないオリジナルのヴァージョンだ。たとえば、面白い書き込みには高い値段をつけるという古本屋が、面影橋の駅で降りて路地を進んで迷い込んだそこに、ひっそりと店を構えているとしたら。そこに本を売りにくる客はきっと、本を読みながら「この本にどんなことを書けば人の共感を呼ぶだろう」「どんなことを書いたらオリジナリティのある意見になるだろう」と考える癖がついているだろう。そしてそこには、そうした面白い書き込みを求める客も集まる。いつしか「○○さんの書き込んだ本は入ってないの?」と尋ねる客さえ現れるかもしれない。文字通り「セカンドハンド」としての古本という意味でも、電子本に対しての「紙」でできた本という意味でも、もし本当にそんな店が成り立ってしまうとしたら……と、考えるだけで楽しくなってしまう。

※1 ページ屋
http://www.page-ya.com/
※2 POINT
http://www.enough.jp/point/
※3 「古本に自由に書き込みができる本屋」(@NIFTY:デイリーポータルZ)
http://portal.nifty.com/koneta05/07/01/01/

([本]のメルマガvol.218 http://www.honmaga.net/ )
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by uchnm | 2005-07-06 12:38 | 本と本屋


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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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