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「ぼくたちが本と出会うときのこと」第五回:一日一人一箱一期一会
 晴れてくれなければとても困る日だったので、目が覚めて窓を開けたら一安心だった。前日から用意していた古本を自転車のかごいっぱいに積み、ふらふらとペダルを漕ぎ出す。なにせ誰もやったことがないのだから始まってみないと誰にも分からない。とにかく晴れてくれたことは確かだがそれ以外は何も確かではなく、とにかく集合場所に向かうしかないのだが気分はわりにすがすがしい。

 その日が初の開催となる「一箱古本市」(※1)は、下っ端スタッフのぼくには期待だらけで不安だらけだった。準備は万端だし事前告知も充分、新しい「本の街」としてすばらしいスタートが切れるはず。いやしかしきちんと人は集まるのか、何か手落ちがあって予期せぬ問題が起こったりしないか。ところでぼくの持ってきた本は売れるのか、いやそれはいいとして天気はこのまま崩れないのだろうか…などと渦巻く渦巻く。

 街中のいろんな店の軒先を借りた、一日限り・出品一人一箱限りの、古本のフリーマーケット。平たく言えばそんなところだが、とにかく普段はないはずの場所にその日だけいくつかの段ボール箱があり、箱の中には古本が詰められ売られている。界隈を歩いてみるとそういった場所がいくつもあって、売っているのも大抵は古本屋ではなさそうな人たちだ。根津神社のつづじを観に来た人もいつもの土曜を過ごす地元の人も、不意に遭遇したその異様な光景につい立ち止まる。「こんにちは」と声をかけられ、つい箱の中を覗いてしまう。もちろん事前に知ったこのイベントをめがけて朝早くから訪れる人もたくさんいて、既にたくさんの本が入ったビニール袋をぶら下げている。そんな光景は、それだけで楽しげだった。不安は無用だった。少なくとも個人的には、ちょっと驚くほどの大成功だったと思う。

 唐突だけれどぼくが高校の頃、古着好きの友達がフリマにばかり行くようになった。ぼくも古着は好きで、たしかに安く買えそうなのは魅力的だったが、試着してから決めるほうだったし、何より売っている人とコミュニケーションを取るのがなんとなく気が進まなかったので「家の近くでやっている所がないから」とか言ってなかなか行かずにいた。そんなぼくにある日、その友達が「ふつうの古着と違って、その服を着ていた本人から買うのが面白い」というようなことを言ったことを、いま突然思い出した。

 「一箱古本市」がふつうの古本市と違う点は、大きく分けてふたつあると思う。ひとつは会場を軒先に間借りして点在させることによって、古本を買うことと散歩とを融合させたこと。そしてもうひとつが、それだ。フリマ的な、売っている人とのコミュニケーション、そしてそれを介した本との出会いである。

 フリマで古着が試着できなかったように、ダンボール一箱を挟んだ向こうに売主がいる「一箱古本市」では、あまり長いこと立ち読みはできない。もともと欲しかった本がたまたま見つかったのならばいいが、知らないけれど気になる本、というのなら別の判断基準が必要になる。それは同じく金額だったりもするだろうが、やはりその目の前で売っている人を見ることになるのだ。

 ふつう、ある一冊の古本の持ち主がどう変遷していったかは、わからない。たまに残されたままの線引きや書き込みからその人となりを想像したり、何月何日読了などと書かれた署名から知らない人の名前のみを知ったりするだけだ。Book Crossing Project(※2)のような素敵な試みも日本にはまだまだ浸透していないし、ましてやその人と実際に話して、あるいは話さずとも目の前のその人がどんな人かを想像して、その人が読んでいた本ならば自分が読んでも面白いだろうとか、そういったことを考えながら本を買うことができる機会はなかなかない。それが「一箱古本市」では、散歩をしながら気軽に楽しめてしまう。もちろん売っているその本が実は貰い物だったり、買って結局読まなかったものだったりもするだろうが、そういったことも含めて想像したりしてみればむしろ一層面白い。

 フリマで古本を出している人はたくさんいるし、古本のフリマをやっている図書館なんかも見かけるけれど、こう考えるとまだまだ足りない。こんなに面白いのだから、もっとたくさんやれればいい。谷根千で毎月やったりできるのならばいいのだけれどとてもそうはいかないので、ぜひいろんな街で企画されるといいなと思う。とりあえず中目黒では、だいぶ前からやろうと思っているのだけど。


※1 一箱古本市
http://yanesen.org/groups/sbs/1hako/
※2 Book Crossing Project
http://www.bookcrossing.com/


([本]のメルマガvol.212 http://www.honmaga.net/ )
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by uchnm | 2005-05-05 23:24 | 本と本屋


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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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