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好きな本屋で、本を買う。
b0033474_1130232.gif以前にも書いた「好きな本屋で本を買う」習慣を、いよいよ大きく広めようと思っています。いずれサイトを立ち上げますが、まずは試験的に、ミクシィ上にコミュニティをつくってみました。ユーザーの方はぜひ。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=132974
また、ユーザーはないけれどこの運動に興味があってサイト立ち上げまで待ちきれない!という方は、ミクシィ自体にご招待しますのでこちらまでメール下さい!(後日追記:こう書いたことで「ミクシィに招待してください」という問い合わせが多くなってしまいました。信用してないわけではないんですが一応、ミクシィの仕組み上ぼくの知り合いということになるので、細かいプロフィールを一緒に書いて送ってください。何度かやり取りさせていただいてからご招待します。)

以下、ミクシィに書いた紹介文です。

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基本的な考え方は<好きな本屋(新刊書店)がある→本を買うときは、できるだけその本屋で買おう! >というだけの、非常にシンプルなものです。



いま、本屋はどんどん潰れてしまっています。その中には昨年の青山ブックセンターの例に代表されるように、人々に愛され、存続が望まれるような本屋も数多くあります。

本の価格は法律で守られていて、新刊の書籍や雑誌の場合、基本的にはどこの本屋で買っても全く同じ金額で買うことができます。また本が本屋に届くまでの仕組みはきちんと整えられているため、どんな地方の本屋であれ、どんなにマニアックな本であれ、きちんと流通に乗っている本であれば、お店になくても取り寄せられます。

当然ですが、本屋もお店ですから、経営というものがあります。どんなに個性があり人々に愛されていても、本が一定額以上売れて利益が出ていなければ、いずれは潰れてしまいます。

例えば、コンビニや駅の売店で買える雑誌をぐっと我慢して、いつも行っているその本屋で買う。また、読みたい本があるときはまずその本屋へ行き、在庫がなくとも他の本屋へ行かず、その本屋で取り寄せをして入荷するのを待つ。

どこでも買えるからこそあえて「好きな本屋」で買うことで、その本屋を応援する習慣をつけよう、というのがこの会の主旨です。

本を買う人の間にこの習慣が広まれば、皆に愛される本屋はきちんと売上をあげ、存続することができます。逆に本屋の側も、お客さんに好きになってもらえるよう、店作りに力を入れるようになります。

本が売れない、本が読まれないなどと嘆く前に。あるいは面白い本がない、面白い本屋がないなどと文句を言う前に。まずは一人一人のこういった心がけから、少しずつ本と本屋をめぐる環境をよくしていきましょう。
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by uchnm | 2005-03-18 11:30 | 本と本屋
「ぼくたちが本と出会うときのこと」第三回:どこ拭く紙
2月上旬の寒い日の昼間、渋谷の路上では誰にも気づかれず、きわめて自然に本が配られていた。酒井翠というアーティストの『地球のために、何をしてあげればいいですか?』という本で、見た目はどうみてもポケットティッシュ。ところが中を開くと一枚に繋がった白いポリエステルの布で、文字が羅列されているというものだ。この日はゲリラ・パフォーマンスということで、彼女が実際のティッシュ配りにまぎれてこの「ポケットティッシュ型の本」を限定部数配布していたのだが、手に取ったほとんどの人は皆それを当然ティッシュだと思い込み、そのまま鞄や懐にしまっていた。それぞれ自分が使おうとした時に気づいたことだろうが、ひょっとしたら今もどこかで、驚いたり喜んだり、はたまた呆れたり怒ったりしている人がいるかもしれない。

そしてその数日後、池袋のジュンク堂で驚くべきものを発見してしまった。荒川修作+マドリン・ギンズ「トイレットブック『建築する身体――「命」って、建築できるの?』」。本メルマガ前号「トピックス」の欄でも五月さんが紹介されていたが、こちらはトイレットペーパーであり、しかも本物である。ミシン目でいうと5枚弱分の長さに、昨秋刊行された『建築する身体――人間を超えていくために』のエッセンスが凝縮されていて、それが青い文字で繰り返し印刷されている。実際にトイレに設置してみると分かるが、量もちょうどいい。読んで、使う。ちょっと勿体ない気もするが、「このトイレットペーパーを使う人たちは、死なないということを真剣に考えるんだ」とは公式サイト日記より、ご本人の弁。積極的に使ってこそ作者の意図が分かるというものだ。

春秋社の編集部に問い合わせたところ、そもそもこの「トイレットブック」が発案されたのは、「この本の内容を、もっと生活の中に取り入れることはできないか」という議論の中でだったという。そこで「トイレットペーパー」案が出て盛り上がり、そのまま実際につくることに決定。色々調査した結果、静岡のある工場に発注した。今までもサザンオールスターズや19などのミュージシャンが、ファンサービスの一環としてこういった文字を印刷したトイレットペーパーをつくっていたそうだが、「トイレットブック」と銘打って「本」と言い切ったのはこの『建築する身体』が最初だろう、とのこと。機械の都合上70cmまでしか印刷できないため、内容は凝縮版となったが、当初は全文を掲載しようとか、全何巻にしようとかいうような話もあったらしい。

カフェで珈琲をこぼしてしまい、さっき路上でもらったポケットティッシュを使おうとした時。遊びに行った友達の家でトイレを借りて、あースッキリと手を伸ばした時。誰もがそれまでの生活の中で何度となく繰り返してきたありふれた行為であり、まったくの隙だらけである。当然そんなところで「本」に出会うとはつゆとも思っていないのだけれど、これら2作がそうした不意打ちを狙った、しかしながらきわめて真っ当な「本」である以上、ぼくたちの周りにはいつどこにでも「本」が隠れ得るといえる。こういった「本」が次々と形を変えて、もっともっと日常に侵食してきたらどうか。夢のような話だけれど、それはどんなに発見に満ちた毎日だろうと思う。

ところでこうなってくると、どこからどこまでが「本」なのかいよいよ怪しくなってくる。『建築する身体』の場合、元になった本はいわゆる本らしい本の形態をしていて、きちんとISBNがついて取次を経て全国に流通しているが、トイレットペーパー版は一部の書店に直接卸されただけで、一般的な流通網には乗っていない。営業の方の話によるとそもそも元の本ありきの企画であるため、最初から販促的な意味合いも強く、ISBNをつけるという話はなかったらしい。それでは、果たしてそれは不可能だったのだろうか?そこで今度は日本図書コード管理センターに問い合わせたところ、なんとあっさり「(トイレットペーパーでも)ISBNはつけられますよ」とのこと。書店での流通を前提としてつくられたもので、かつ「著作物」であれば、基本的にはOKなんだそうだ。つまりISBNにおける「本」の定義は流通の問題であって、形態の問題ではないということになる。もともと本を管理するための番号であるわけだから当然といったら当然なのだが、そうするとやっぱりなんだかまた「本」がよくわからなくなるのである。

◆酒井翠:http://www.super-jp.com/midori/
◆荒川修作+マドリン・ギンズ:http://www.architectural-body.com/
◆前代未聞、仏教系出版社がトイレットペーパーを書店店頭で山積み販売(前号記事):http://biblia.hp.infoseek.co.jp/b/pyramid.htm
◆春秋社:http://www.shunjusha.co.jp/
◆日本図書コード管理センター:http://www.isbn-center.jp/

([本]のメルマガ 2005.03.05. vol.206 http://www.aguni.com/hon/
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by uchnm | 2005-03-05 01:58 | 本と本屋


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「ぼくたちが本と出会うときのこと」は、ブックピックオーケストラ発起人、numabooks代表の内沼晋太郎が、「[本]のメルマガ」で書かせていただいている月一回の連載です。
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